こういうことを、私はきっと忘れないんだろうと思った。 煙を吐きながらいろいろなことが頭を過る。ボーっとしていながら様々なことが巡っている。「アブストぐらい読めよって思う」「金曜日12時半に上の研究室」「これどうやるの」「トナー注文してもいいで…

「体に悪いことしてる方が、精神的に落ち着くもんだよ」と、彼女は言う。 最近肩身が狭くてね、特に若い女なんかは好奇の目にさらされるよ。女は黙ってスムージーでも飲んでろってかと思うけど、そんなことした方が体調悪くなるよね、絶対。体と精神足して10…

電話が鳴った。正確には枕元の携帯が振動していた。私に電話を掛けてくるような人は2人しか思い浮かばない。いつまでも私のことを子どもだと思っている母親と、大学に入ってから仲良くなった親友のどちらかだ。もっとも、彼女が私のことを親友と思っているか…

彼女のことはよくわからないと思っていたし、掴みどころの無い女だと思っていた。そんな彼女が、祖母の葬儀のために田舎に帰ってくる。彼女を迎えに行くのは、僕の役目になった。 「良かったね」 最寄り駅に着いた大荷物の彼女を車に乗せ、一息着いた後に発…

六月の中旬、午後2時。もっとも影の少ないと思われるそのときに限って、薄暗いそれはそっと身を寄せてくる。学食のカウンター席に腰掛けて、昼食を取っているときだった。中庭の新緑が眩しく、お昼休みが終わりかけの時間帯は学生が急ぎ足で往来する。爽やか…

朝、ベッドの上で目覚めるとまず眼鏡を掛けて視界を取り戻す。カーテンの外を確認して晴れならばよしよし、雨ならばふむふむ、と思うことにしている。これは習わしだ。その確認が終わると、ケトルに水を入れて火にかける。蛇口をきつめにキュッと捻ることも…

彼女が泣いていた。会ったのは一年ぶり、泣き顔を見たのは初めてのことだった。しなやかで明るく弱かった彼女は、その日激しく涙を流していた。 「大丈夫」そう言って、彼女が焼香している間預かっていた荷物を渡そうと手を伸ばしたが、彼女の手が開くことは…

祖母が亡くなった。父方の祖父母の、最後の一人だった。 提出が差し迫っていた論文のことを気にしながらも、帰らない訳にはいかなかった。正確には、急げば死に目に会えるかもしれないと思った。急いで田舎までのバスを取り、鞄にパソコンと喪服だけを詰め込…