悲劇

彼女が泣いていた。会ったのは一年ぶり、泣き顔を見たのは初めてのことだった。しなやかで明るく弱かった彼女は、その日激しく涙を流していた。
「大丈夫」そう言って、彼女が焼香している間預かっていた荷物を渡そうと手を伸ばしたが、彼女の手が開くことはなかった。「大丈夫か」もう一度そう聞いて、伸ばした手でそのまま背中を支える。ここにいる全員、一体なにが大丈夫だと言うのかと思いながらも。いくらか後、彼女はすみませんと口を開いた。しなやかで明るく、強い声であった。写真の中にいる友人と彼女は、僕が知っているよりもずっと親密だったのかもしれないと、根拠もなしにそう思う。
そうして僕らは一年ぶりに再会した仲間と帰路に着く。南海電車の中で見た、彼女が静かに流した涙はとても美しかった。その日まで僕は、女はもっと五月蝿く、可哀相に、泣く生き物だと思っていたんだ。

邂逅

祖母が亡くなった。父方の祖父母の、最後の一人だった。

提出が差し迫っていた論文のことを気にしながらも、帰らない訳にはいかなかった。正確には、急げば死に目に会えるかもしれないと思った。急いで田舎までのバスを取り、鞄にパソコンと喪服だけを詰め込んで飛び出した。バスに乗るまでに随分走ったものだから、暫く息を切らしていた。呼吸が落ち着いてからも心臓がザワザワして落ち着かず気分が悪くなってしまったもので、空いている車内のなかで二席分を占領して横になっていた。道中、母から祖母が亡くなったと連絡が入る。ポコン、といつも通りに、えらく呆気ない訃報であった。

一人死ぬ度自分をここに繋ぎ止めている糸が切れていくようで、その人は最後の絹糸だと思っていた。しかし実際はその前と後では何も変わらず、むしろ心の支えが取れてホッとしたような心持ちになった。帰るのが嫌で嫌で仕方のなかった実家の空気が、祖母の死を契機に一変したのがわかった。

あぁ、目前に迫った明日の、なんて美しそうなこと。