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日常

朝、ベッドの上で目覚めるとまず眼鏡を掛けて視界を取り戻す。カーテンの外を確認して晴れならばよしよし、雨ならばふむふむ、と思うことにしている。これは習わしだ。その確認が終わると、ケトルに水を入れて火にかける。蛇口をきつめにキュッと捻ることも忘れない。ひとつひとつ手順を踏んで丁寧に、それが僕の、悲しくならないためのコツだった。冷ましてぬるくなったお湯が喉を通り、ヌルリと落ちていった。
 
「そんなもの、必要?」と、彼女は言った。言っていた。
目の前を快速の電車が通り過ぎる。黄色い線の上。僕の短い髪も風に煽られて、一方向になびいた。電車が二本通り過ぎたところで、性懲りもなく彼女のことを思い出していた。彼女との別れをよく思い出せない。それぐらいいつも通り普通に、じゃあね今日はさようならと別れたはずだった。最後に見た彼女は、もう、曇りガラスの向こうだ。なのに電車を降りたあとで、4駅手前で人身事故があり電車が止っている、と駅のホームにアナウンスが流れていたことはよく覚えている。そのときに「巻き込まれなくてよかったな」と思ったことも。
そんな記憶を違う、違う、と振りきって、僕は今日も大学に向かう。今考えなければいけないのは顔も思い出せない女の子のことではなく、今日の講義の内容についてだった。