共鳴

いつもきっかけは些細なことだ。お気に入りの、明るいとは言い難いブログを読んでいる時とか。

 

幼少期の実家での出来事がフラッシュバックする。喉が乾いたと言われて家族分のコーヒーを淹れるために立つ。私は飲まない。3つのカップのうち1つを取った兄から薄いと言われる。総攻撃に合う。罵倒。その時の感情をトレースするようになぞり一気に涙が出る。悲しいわけではない。

気を張っていた。大人の感情の機微をいつでも拾えるように。感情の揺れに対して適切に対応できるように。だいたいは気配を消して黙っていれば事なきを得るが、その態度が相手の怒りに油を注ぐ結果になることもある。年を重ねる毎に対応がより上手になり、事なきを得る回数が増える。上手くやれていると思う。

 

幼少期に他人の感情の世話をしたことがある人間は、いつまで経っても他人の感情に敏感であると思う。似たような「お話」を自傷のように求める。私だけではない、と思う。

茶番

「ああ、その時は抱きしめてあげればいいですよ」
先日の彼女の様子を彼に伝えて、返ってきた一言目がそれだった。続けて、「僕はいつもそうしています。それがてっとり早いですよ」とも。 
 
 
私は今抱きしめられている。親でもなく、友人でもなく、恋人でもない、ただの研究室の先輩に。それは酷く暖かく、絶望的なほどに優しかった。
「涙は流れているうちに流してしまえばいい。次はいつ来てくれるかわからないからね。今のうちだよ」そう言いながら私を抱き直したその人の手は、とても冷たかった。私は涙を流しがら少し窓の外を見遣り、「今日は特別寒い日だな」と思った。そうすると彼は少し笑いながら、冷え性なんだ、女の子みたいだろうと言った。君の考えることは、なんとなくだいたいわかるよ、と曖昧なことも呟いた。
それが、私が急に泣きだしたことに対してだったのか、冷たい手だと思ったことに対してだったのか今となってはもうわからないけれど、あの腕の中だけが私のなかで、私の知るなかで一番優しかったことは覚えている。
「そのまま聞いてよ。これは僕の考えで、呟きで、懺悔だ。匿名の掲示板に悪意むき出しで零されるそれらと何ら変わりはない。そう思って僕の為に聞いて。……世の中ってのは理不尽だ。僕は男で君は女だ。それだけで受けてきた理不尽の質が違うだろう。君は自分のことを必要のない人間だと思ったかもしれない。それと同じ重さで僕は僕のことを生まれてくるべきじゃなかったと思っている。君は海の近くの田舎の出だと言っていたね。僕は呑気に郊外のベッドタウンで生まれ育ったんだ。父親次男だったからね。でも年に一度は山奥の本家に行く機会があったよ。あそこはいけない。とても深暗い土地だ。僕は二十歳までその暗さを目の当たりにしなかったけれど、君はきっと物心ついたときから、いや、生まれたときから暗さの崖っぷちにいたんだろう。そして今もその呪縛から動けないでいる。崖の向こうの海に飛び込めない。足が竦んでそこから逃げられない。見たくもない暗い海の風景をずっと見ていて、たまにこうして涙を流す。うん、具体的な話をしてみようか。僕は二十歳の時に養子に出されたんだ、本家にね。僕は次男で、分家の僕の生家には兄さんがいた。本家には娘しかいなかった。僕が生まれたときには、二十歳になったら僕が本家の養子になることがもう決まっていたんだよ。本家の血と墓守りは絶やしちゃいけない。それを僕は二十歳になった次の日に初めて聞かされた。それまで僕を’普通の子’として育てるのが両親の優しさと決意だった。戸籍は19歳最後の日に本家に移されていた。初めて息子として本家の敷居を跨いだとき、僕は自分の中で何かが死ぬのを悟ったよ。そしてその家の一人娘は恨めしそうに僕を見ていた。その日から僕の姉さんになった人だ。恨めしそうに悲しそうに、僕は死ぬまであの日の彼女の表情を忘れることはないだろうな。彼女も君と同じように女に生まれた暗さをずっと背負って生きてたんだ。長くなりそうだから、まとめに入ろうか。彼女は死んだよ。僕が養子に入った次の日にね。電車に飛び込んだんだ。葬儀ではもう、誰も泣かなかったな。遺書が見つかったんだ。『私の役目は終わりました。』そう一言だけ書かれていた。そりゃ泣けないさ。その家のもの、だれにその場で泣く権利があっただろう。でも僕は、本当に、心から、君にそうなって欲しくないと思っている。こんなことで引き止められるとは思っていないけれど、泣きたくなったらいつでも……」
私はそこで耐えられなくなって彼の腕を振りほどいた。彼は悲しそうな顔をして「妥当な判断だ。君はやっぱりとても賢い子だな」と目を合わさず呟いた。
 
暫くの間沈黙があった。シンパシー。二人ともその場は動かなかった。
耐えきれず私は鼻で笑ってしまい「ありきたり過ぎてドラマにもなんないですよ」と言うと、彼はそれもそうだな、と寂しそうに微笑んだ。

懺悔

「人は自分が救われた方法でしか人を救えない」のならば、私がパートナーから救われることはないのだろう。私は、パートナーに救いを求めている訳ではないからそれでいい。でも、救われていない私をパートナーが許容できるかどうかはまた別の話だった。

そう言って彼女は長い息を吐く。煙草は辞めたんじゃなかったっけと意地悪く問いかけた僕を見て、彼女は薄く微笑んだ。

作業

ひとつこなす度に、終わる度に、深い息を吐く。ひとつ終わると楽になる、幸せになる。

 

「小説や漫画じゃこの辺のいいタイミングで救世主のような人が現れる。でも私には現れない、ここは現実であって紙の上じゃない。13のときにそう学んだ」そう彼女は言った。親族の葬儀を終えた彼女と久しぶりに食事に行ったときのことだった。親戚が多く、祖父母も人より多く持ち、彼女にとっての冠婚葬祭はそのほとんどが“葬”だった。でもこれでやっと終わった。もう暫く葬儀はないと思う、誰かが事故でも起こさない限り。そう言いながら彼女は、微笑む。私はその横顔が存外好きだった。

そのうちいい人が現れるよ、そんな気がする。あなたはきっと何らかの形で救われる。と心の中だけでつぶやく。なんとなく声には出せなかったけれど。

帰り際に彼女が、風に消されるような声でポツリと呟いた。私は自分のことを可哀想がったりしないし、感情の皺寄せを他人に投げて寄こしたりしない。とてもゾッとしたような気がするのに、今となってはその時の彼女の表情を、よく思い出せない。

昏睡

眠らせてください。
 
いい天気の週末に、シーツを洗ってお布団を干す。その影で横になり、静かに目を閉じるときの幸福感が好きだった。今日はもう家を出なくていいし、たった今しがた私が行った家事労働のおかげで、今晩の快適な眠りは保障されている。
私を邪魔するものはなにもない、そう思いながら眠りにつく。目が覚めてももう一度眠りにつく。何度目かの覚醒で食事を取り、また眠り、次の覚醒あたりで布団を室内へと取り入れる。それらの途中で、チカチカ光るスマホの画面が目に入る。逸らす。今日の私には必要のないもの。
まだ時間はある。週末はまだ終わっていない。私だけの時間。眠らせてください。

夏至

こういうことを、私はきっと忘れないんだろうと思った。

煙を吐きながらいろいろなことが頭を過る。ボーっとしていながら様々なことが巡っている。「アブストぐらい読めよって思う」「金曜日12時半に上の研究室」「これどうやるの」「トナー注文してもいいですか」「また飲みに行こう」エトセトラ、エトセトラ……。脳に取り込まれて、取り込まれ過ぎて整理できないものの中からいらないものを吐き出しているようだと思った。

最近覚えてしまった煙草だけれど、それが習慣になるのには多くの時間を要しなかった。今では日中に2、3回は席を立ってしまう。突如として襲ってくるイライラを、表面に出ないくらいに落ち着かせるためにはいい息抜きになっていた。この習慣について友人から手厳しく批判されることはあったものの、それと私の習慣とは何の関係もないと思っていた。

誰もいない喫煙所。安っぽいプラスチックで仕切られた1畳とちょっとのスペース。灰が溜まっている3つの灰皿。ゴミの入っていないゴミ箱。機械排気の音。足元を這う蟻。建物の西側に位置するそこ。

無造作に置かれた椅子から立ち上がって、日が長くなったなと思う。それでも暮れていく西の空を眺めながら、こういうことを、私はきっと忘れないんだろうと思う。

服毒

「体に悪いことしてる方が、精神的に落ち着くもんだよ」と、彼女は言う。

最近肩身が狭くてね、特に若い女なんかは好奇の目にさらされるよ。女は黙ってスムージーでも飲んでろってかと思うけど、そんなことした方が体調悪くなるよね、絶対。体と精神足して100でしょ。そりゃあ常にハーフ・ハーフならいいけど、そんなことはまずないよ。体が健康な方が精神的にも落ち着くなんて話もあるけど、少なくとも私は違うかな。体に悪いことしてる方が生き生きしてる。仕事のプレッシャーも、煙草も、お酒も、コーヒーで飲む鎮痛剤も、不眠もいいもんだよ。最近自炊なんかもしてみてるけど、それだったら食べない日の方が精神的には落ち着いてる。昔から親とか先生とか周りの人に大事にされないのに慣れすぎて、自分で自分のこと大事にするのも気持ち悪いんだ。早死にするね、コリャ。

そう言いながら、不健康そうな顔でケラケラと笑う彼女が、僕は好きだった。彼女を大切にしたい僕のことを、彼女は嫌いだった。