不熟

研究室の同期から飲みに行こうと誘われ、二つ返事で快諾した。ただ、もう少し時間がかかると告げると彼は先に飲んでいますと言い研究室を出た。珍しいこともあるものだと思いながら(普段の彼は一人で昼食を取っているのも見たことがない)、パソコンに視線を戻した。

 

「彼女が僕を怖がるんです」私が店に着くやいなや顔を赤くした彼は言い、しかしちっとも愉快そうではなかった。それって半年前ぐらいに猛アッタクしてできた違う大学の彼女だっけ、と確認すると酔いが回るよと制すほど彼は首を縦に振った。

「初めは勘違いかと思った。でも気づいたんだ。彼女、僕の動作の初速度が速かったり、腕を勢いよく挙げるとビクッとする」彼はこちらを見ない。

答えはもうわかっている。彼は答えを躊躇いなく音にしてくれる人間を選んでこの場に誘っている。でもそれを認めたくない。その間で揺れている。親か、過去の恋人か、近しい大人か、選択肢はあるけれど彼女にあるのは他者に暴力を振るわれた経験だ。

「慣れだ」そう言うと彼は今日初めて私の顔をジっと見た。「彼女もきっとわかってるよ。あなたは大丈夫だと。でも体はそうはならない、頭でわかっていても反応してしまう」違うんだ、違うと彼は2回繰り返した。

「彼女は他人から暴力を受けたことなんて無いって言うんだ」私は彼の彼女を思って悲しくなる。彼女に似たような人がいたことを思い出す。

 

「あなたはもう、自分は安全だということを長い時間をかけて、下手したら一生をかけて彼女にわかってもらおうとするしかないよ。それができないなら早めに手を離してあげた方がいい」