茶番

「ああ、その時は抱きしめてあげればいいですよ」
先日の彼女の様子を彼に伝えて、返ってきた一言目がそれだった。続けて、「僕はいつもそうしています。それがてっとり早いですよ」とも。 
 
 
私は今抱きしめられている。親でもなく、友人でもなく、恋人でもない、ただの研究室の先輩に。それは酷く暖かく、絶望的なほどに優しかった。
「涙は流れているうちに流してしまえばいい。次はいつ来てくれるかわからないからね。今のうちだよ」そう言いながら私を抱き直したその人の手は、とても冷たかった。私は涙を流しがら少し窓の外を見遣り、「今日は特別寒い日だな」と思った。そうすると彼は少し笑いながら、冷え性なんだ、女の子みたいだろうと言った。君の考えることは、なんとなくだいたいわかるよ、と曖昧なことも呟いた。
それが、私が急に泣きだしたことに対してだったのか、冷たい手だと思ったことに対してだったのか今となってはもうわからないけれど、あの腕の中だけが私のなかで、私の知るなかで一番優しかったことは覚えている。
「そのまま聞いてよ。これは僕の考えで、呟きで、懺悔だ。匿名の掲示板に悪意むき出しで零されるそれらと何ら変わりはない。そう思って僕の為に聞いて。……世の中ってのは理不尽だ。僕は男で君は女だ。それだけで受けてきた理不尽の質が違うだろう。君は自分のことを必要のない人間だと思ったかもしれない。それと同じ重さで僕は僕のことを生まれてくるべきじゃなかったと思っている。君は海の近くの田舎の出だと言っていたね。僕は呑気に郊外のベッドタウンで生まれ育ったんだ。父親次男だったからね。でも年に一度は山奥の本家に行く機会があったよ。あそこはいけない。とても深暗い土地だ。僕は二十歳までその暗さを目の当たりにしなかったけれど、君はきっと物心ついたときから、いや、生まれたときから暗さの崖っぷちにいたんだろう。そして今もその呪縛から動けないでいる。崖の向こうの海に飛び込めない。足が竦んでそこから逃げられない。見たくもない暗い海の風景をずっと見ていて、たまにこうして涙を流す。うん、具体的な話をしてみようか。僕は二十歳の時に養子に出されたんだ、本家にね。僕は次男で、分家の僕の生家には兄さんがいた。本家には娘しかいなかった。僕が生まれたときには、二十歳になったら僕が本家の養子になることがもう決まっていたんだよ。本家の血と墓守りは絶やしちゃいけない。それを僕は二十歳になった次の日に初めて聞かされた。それまで僕を’普通の子’として育てるのが両親の優しさと決意だった。戸籍は19歳最後の日に本家に移されていた。初めて息子として本家の敷居を跨いだとき、僕は自分の中で何かが死ぬのを悟ったよ。そしてその家の一人娘は恨めしそうに僕を見ていた。その日から僕の姉さんになった人だ。恨めしそうに悲しそうに、僕は死ぬまであの日の彼女の表情を忘れることはないだろうな。彼女も君と同じように女に生まれた暗さをずっと背負って生きてたんだ。長くなりそうだから、まとめに入ろうか。彼女は死んだよ。僕が養子に入った次の日にね。電車に飛び込んだんだ。葬儀ではもう、誰も泣かなかったな。遺書が見つかったんだ。『私の役目は終わりました。』そう一言だけ書かれていた。そりゃ泣けないさ。その家のもの、だれにその場で泣く権利があっただろう。でも僕は、本当に、心から、君にそうなって欲しくないと思っている。こんなことで引き止められるとは思っていないけれど、泣きたくなったらいつでも……」
私はそこで耐えられなくなって彼の腕を振りほどいた。彼は悲しそうな顔をして「妥当な判断だ。君はやっぱりとても賢い子だな」と目を合わさず呟いた。
 
暫くの間沈黙があった。シンパシー。二人ともその場は動かなかった。
耐えきれず私は鼻で笑ってしまい「ありきたり過ぎてドラマにもなんないですよ」と言うと、彼はそれもそうだな、と寂しそうに微笑んだ。
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