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自壊

電話が鳴った。正確には枕元の携帯が振動していた。私に電話を掛けてくるような人は2人しか思い浮かばない。いつまでも私のことを子どもだと思っている母親と、大学に入ってから仲良くなった親友のどちらかだ。もっとも、彼女が私のことを親友と思っているかどうかは怪しいけれど。
「ごめん、寝てたよね」開口一番、彼女は謝った。その言葉は、2年の付き合いの中で私たちの合言葉となっていた。「いいよ、おいで。今日もいつも通り部屋はキレイじゃないけど。あ、飲み物なにか買っておいで。うち、今紅茶しかないから」私がそう言うと、彼女は一呼吸置いて分かった、とだけ言って電話を切った。最初のうちは戸惑っていたけれど、彼女が電話をしてくる日は必ず彼女に何かがあったときで、私の家に招き入れて彼女の話を聞くのがお決まりだった。
二人で小さなちゃぶ台を挟んでカーペットの上に座った。私が家にいるときはそのほとんどの時間をベッドの上で過ごすから、彼女が来る時にだけ、カーペットがすり減っているなと思うのだった。
「人間ってさ、よく分類されるよね」彼女はそう切り出した。
「勝ち組と負け組、持っている人と持っていないひと、運の良い人、悪い人」確認するようにこちらを見る彼女。私は首の動きだけで返事をする。
「分類方法なんて様々だし、分類してるのも人間だし、しかもこれらの分類には明確な基準がないの。ほとんどが主観だし。年収1,000万円は勝ち組だって言う人と、そんなの負け組だっていう人が同時に存在するみたいに。それぐらい曖昧で不確かなものだってことは分かっているんだけど、私の中にも少なからずそういうのがあるの」私は頷く。
「相手にどんな態度取られても優しい人と、相手が接しってくるのと同等の態度で対応を返す人と、自分は相手に粗雑な対応をしているのに、自分は丁寧に扱われないと気にいらない人。3種類」彼女がこちらを見る。もう一度頷く。
「で、この人駄目だと思ったら、スッと引くの。一目散に逃げる。そうしないと、大事なもの守れないから。でもね、相手に粗雑な対応をしているのに、自分が丁寧に扱われないと気が済まない人って、自分の前から逃げてく相手に凄く敏感なんだよ。自分は乱暴なことをする、でもお前ら私を敬え丁寧に扱え、そこにいろって。それって凄く傲慢でしょう。でも本人はそのことに微塵も気付いてないの。自分の態度が悪いなんて考えてもいない」二度頷く。
「私って昔から、同姓に嫌われるの。後輩は結構懐いてくれるほうだと思うけど。同じぐらいの年の派手な子とか、お母さんぐらいの年の人とか、一回り上ぐらいの女性とか、あんまり年齢関係ないんだよね、こういうのって。別に全員に好かれたいわけじゃないけど、私が何しても不機嫌なの。きちんとしても、失敗しても。私に対するコマンドが攻撃しかありません、みたいな人たち。別に私は、どうしようない人間なのに。優れた人間を攻撃するならまだわかる、人間ってそういうものでしょう。でも私みたいなどうしようもない人間を攻撃して、これ以上惨めにしても何にもならないから辞めてくださいって思うの。それともあれかな、どうしようもない人間だから攻撃されるのかな、私はこれからもそうなのかな」
彼女はそこまで言いきって、長く細い息をついた。私はその息に乗って彼女の大切なものが体から出て行ってしまわないのか、なんてことを考えた。少なくとも私から見た彼女はどうしようもない人間なんかではなかったけれど彼女の自己評価は酷く歪んでいて、大多数の他人が自身をどう見ているかをいつまで経っても理解しなかった。
「ねぇ、私みんなに、大切にして欲しい大事にして欲しいなんて思ったこともないし、ましてや口に出したことなんか一度もないよ。そんなこと思ってない。だから、だけど、ただもう放って置いて欲しい。攻撃してくる人も軽率に私を心配してくる人たちも。私”助けて”なんて唯の一度も言ったことがないのに”いつでも頼ってね”なんて言うの。攻撃も心配も同等に暴力だよ。その人たちは私が目の前から消えるのを許してくれない!あなたならわかるでしょう、私お休みの日はあの狭いワンルームから一歩も出たくないの。携帯の電源も切ってパソコンの電源も切って休んでるのに。あの人たち、連絡一日返さないだけでなんであんなに不機嫌になるの……」今まで落ち着いた口調で喋っていた彼女が早口になり息が挙がってきたところで、落ちると思った。回路がショートしてブレーカーが落ちてしまう、と。
予想通り彼女は息が詰まった後に話すのをやめ、顔を青く、白くさせてふらりと座ったまま倒れそうになった。私は寸前のところで彼女の頭を受け止め、そのままゆっくりとカーペットの上に寝かせた。こうなったら彼女は暫く起き上がれない。彼女は、自身のその“不具合”を酷く嫌っていた。