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懇望

彼女のことはよくわからないと思っていたし、掴みどころの無い女だと思っていた。そんな彼女が、祖母の葬儀のために田舎に帰ってくる。彼女を迎えに行くのは、僕の役目になった。
「良かったね」
最寄り駅に着いた大荷物の彼女を車に乗せ、一息着いた後に発した一言目がそれだった。僕は一瞬、なんてことを言うんだ、と思ったが、その言葉には何も違いないと思って反論するのをやめた。
「息子は母を好きじゃなかった。息子の嫁とは折り合いが悪かった。内孫は祖母のことが嫌いだった」そう言ったあと一呼吸おいて、あんなに死を望まれた人も珍しいんじゃないとポツリと零し、伝聞の通り憎まれてたから長生きしたね、とも言った。
「お前はあの人のこと好きだったもんな」僕が皮肉でそう言うと、彼女は非道く人を馬鹿にしたように、あなたまだそんなこと思ってたの、と吐き捨てた。
 
通夜、葬式と一通りのことを終え、彼女が帰る朝にみんながいる前でこういった。
「皆さん、この度はおめでとう。早く死んでくれと思っていた人がいなくなってそれはそれはスッキリしたでしょう。あとの余生は家族三人で幸せに。それじゃあ、当分会うことはないでしょう」
そう言って家を出た彼女。父も母もただ呆けてそこに立ち尽くしていた。僕の後にこの家に生まれた彼女の、彼女の中で少しずつ少しずつ育っていた何か暗いものの存在に、僕らは気づかずに、否、見て見ない振りをしていた。
見たこともない妹の背中の輪郭が滲んでぼやけた。僕が待ち遠しくさえ思っていたこの日を、彼女もまた、首を長くして待っていたのだろうということに気づく。